ヒメツルソバ日記

明るい気持ちになった物事を綴ります

映画『461個のおべんとう』を観て

いつも利用させてもらっているレンタルDVD店のお薦めの棚にあった、黄色い背表紙に黒っぽい文字で『461個のおべんとう』と書かれた、DVDケースに目が止まりました。手に取って見ると、それは、妻と別れたミュージシャンの男性が、15歳の息子と二人で暮らすことになり、高校受験に失敗した息子が翌年高校生になったとき、父は息子に毎日のおべんとう作りを約束し、息子もまた父に休まずに学校に行くことを約束する、というお話でした。観てみたいと思ったのです。


『461個のおべんとう』は、2020年11月に公開されています。監督は、『水上のフライト』、『泣くな赤鬼』等の作品を持つ兼重淳さんです。ミュージシャンである渡辺俊美さんのエッセイ『461個の弁当は、親父と息子の男の約束。』が原作です。父親の鈴本一樹を俳優、歌手、司会者等、多方面で活躍する井ノ原快彦さんが、息子の虹輝(こうき)をアイドルグループ「なにわ男子」のメンバーである道枝駿佑さんが、それぞれ演じています。


「父さん、なんぜこんな坂の上に家買ったの?」。外食をしようと父子で坂道を降っている途中で、虹輝が尋ねました。「えっ? 気に入ったからだよ。もっとちゃんと説明したほうがいい?」そう聞き返す父に、虹輝は「いい……よくわかった……」と返すのでした。


高校の入学式の日。虹輝が教室に入ると、「ああ先輩……」と口ごもる男子生徒と、その生徒の脇腹に思わず手を添えたもう一人の男子は、気まずそうに虹輝に挨拶をしました。一方、父は何冊ものおべんとう作りの本と、何種類かのおべんとう箱を用意するのでした。


おべんとう作りがスタートしました。ほうれん草も、ピーマンやパプリカも、水で洗い、丁寧に包丁で切るところから始まります。にんじんはピーラーで薄く切り、ミンチ肉もちゃんと捏ねるところからです。殻をむいた小エビは油を入れたフライパンで焼き、そこにざく切りにしたほうれん草を投入して炒め、塩コショウで味付けしているようです。玉子焼用のフライパンで玉子焼を作り、それらを彩りよくおべんとう箱に詰めるのです。


その日のおべんとう箱は、ヒノキやスギなどの薄い板を曲げて作ったものであるようです。長方形をした二段重ねのタイプです。ご飯は、ひじきご飯でしょうか。緑色の枝豆も散らされています。おべんとうは、夕食の残り物や、冷凍食品を温めたものではなく、全てが素材から作られているのでした。あと、おべんとうが蒸れないようにフタはしばらく開けてあります。


父は仕事での打ち合わせ中、「あのさあ、午後からテンション上げようと思ったら何食べたい?」と、周囲の人に聞いたりします。食材とか彩りとか、おべんとうと夕食が同じようなものだったら嫌かなあとか、朝からクリエイティブな頭を使って悩んでいるというのです。


虹輝の夏休みに父は、北海道でのライブコンサートに息子を誘いました。虹輝は自宅で過ごすことを選び、そのあと、「父さん……聞いていい?」と切り出しました。「うん。いいよ」父が返すと、「父さんはなんぜママと離婚したの?」虹輝が尋ねたのです。「うーん……」と父は考えながら息子の側に寄って、「目かな……ほんとうはそうじゃなかったかもしれないけど、いつも怒ってるように見えてきちゃってさ……それでかな……」と話し、息子の顔を見て「もっとちゃんと説明したほうがいい?」と聞きました。「いい……よくわかった……」と答えた虹輝には、まだ聞きたいことがありました。


二学期が始まり、おべんとう作りも再開です。虹輝は、同級生の口から悪意なく出た“おまえ”だったり、親しくなった友だちからの名前の呼び捨てとかを受け入れられるようになっていました。


息子の持ち帰った空のおべんとう箱を見て頷く父は、夕ご飯を食べながら虹輝に尋ねるのです。おべんとうに毎日、玉子焼が入っていたらテンションが上がらなかったりするかと。そんな父に虹輝は、「おいしいものは毎日おいしいからいいよ」と返しました。そのあと、大変だったら、おべんとう作りを止めてもいいのだと言いかける虹輝に父は、「うううん……」と箸を持った手を横に振ります。さらに、新しく買ったおべんとう箱を取り出し、息子に見せ、「どう? テンション上がんない? 明日からまた気合い入れなきゃなあ……楽しくなってきた」そう言いながら、また、いそいそとおべんとう箱を片付けます。父のそんな姿を見つつ息子は、小さくため息をつくのでした。


台所のタイルの壁には、父の書いた“お弁当三ヶ条”が貼ってあります。1、調理の時間は40分以内 2、一食にかける予算は300円以内 3、おかずは材料からつくる というものです。


父は、おかずのバリエーションを増やすために、100円均一の店で買った便利道具を試してみたり、行きつけの店の主人からおいしい玉子焼が焼ける銅製のフライパンを教えてもらったりしています。虹輝のほうは、思いを寄せる女子生徒が他の男子と付き合っていることが分かり、しかもその男子生徒もまた、ミュージシャンである虹輝の父のファンであることも知るのです。


息子の失恋を汲み取った父は、学校に行く前の虹輝に声をかけます。「うまくいくと思えば全部うまくいく」。嫌なことがあっても後ろ向きにならず自分に自信を持て、そう笑顔で話す父に、虹輝は言葉を荒げました。父がうまくいくのは周囲の人に甘えているからで、自分勝手なことしかしない父にみんな、母も自分も仕方なく調子を合わせたり、手を貸したりしているのだと、言い放って虹輝は、玄関のドアを開けて出て行きます。父は何も言わずに息子の背中を見送りました。


父、一樹の母が息子に話した言葉が心に残ります。「食べるってことは大事。毎日きっちり、なるべく満足できるように食べること。そしたら何でもうまくいくから」。


最後のおべんとう作りです。野菜は、彩りよくカットしてあるのを手際よく炒めます。一枚ずつ伸ばして、ラップに包んでおいた豚ロース肉には、小麦粉を付けてはたきます。一回分ずつラップにくるんでいた塩鮭をガスコンロのグリルで焼き、唐揚げも幾つか揚げて、玉子焼は銅製のフライパンでふっくら焼くのです。それらのものと、湯がいていたブロッコリーや、作り置きの野菜のきんぴら(に見えます)などを、父はおべんとう箱に詰めました。


虹輝は、三年間のおべんとうのお礼を父に言います。大学生になっても作ってほしいと気軽に話す息子に父は、大学は友だちと学生食堂で食べればいいと返しました。そういう時間もたいせつだからです。虹輝も快く頷くと、父は、大学は行けそうなのかと聞きます。「なんかね全部うまくいく気がするんだ」。返ってきたのは虹輝の明るい声でした。