ヒメツルソバ日記

明るい気持ちになった物事を綴ります

映画『おくりびと』を観て

どうしたらいいのか分からない中でも、目の前のことに一生懸命向かっていたら、なるようになるのかもしれないと、この映画を観終わったあと感じました。また、一生懸命に生きていたら、最後にごほうびをもらえるんだ、とも思えたのです。


おくりびと』は、2008年に公開されています。原作は、葬儀会社に就職し、納棺師としての体験をもとに書かれた、青木新門さんの『納棺夫日記』です。監督は、『秘密』、『陰陽師』、『バッテリー』等、多くの作品を持つ滝田洋二郎さん。放送作家として『料理の鉄人』などの番組を企画されている、小山薫堂さんが脚本を書いています。この映画の企画者でもある本木雅弘さんは、主人公の大悟を、彼の妻、美香を広末涼子さんが、それぞれ演じています。


主人公、大悟はオーケストラのチェロ奏者でした。楽団のオーナーが解散を決断したために、彼は無職になります。残ったのは、1800万円の借金。大悟の弾くチェロの代金でした。彼は、チェロを手放し、妻の美香を連れて、故郷の山形に帰ることにしました。2年前に亡くなった母が遺してくれた家もあったのです。


故郷で、大悟が、「旅のお手伝い」と書かれた求人広告を持って面接に行ってみると、そこの会社、NKエージェントの社長である佐々木は、広告の誤植だと言って、ペンで「旅」の部分を「旅立ち」に書き換えたのです。迷いながらも大悟は、亡くなった人の体をきれいにして棺に納める、納棺師の見習いとして働くことになります。ただ、妻には冠婚葬祭関係の仕事だとしか言えませんでした。


納棺は、昔、家族でやっていたもので、それが葬儀社に任されるようになり、そこからまた、うちのような会社ができて、言ってみれば超スキマ産業なのだと、NKエージェントで事務の仕事をする女性、上村が大悟に教えてくれました。あと、穏やかな気候のときはそうでもないけれど、季節の変わり目にはバンバン仕事が入るのだとも。


亡くなった人の寝かされた部屋に通されると、社長の佐々木は、故人の前で手を合わせたあと、遺族の前で、故人の尊厳を守るために常に体を着物などで覆うようにして、肌を見せることなく納棺の準備をしていくのです。まずは、体をきれいに拭いて、そのあと、着せ替える着物にぴんと張りをもたせて、体に添わせて着替えをします。それが済むと、手で顔を優しくマッサージして、男性であればひげを剃り、女性なら薄化粧をするのです。普段使っている口紅があれば、それを使います。佐々木が、仕事を始める前に遺影を見るのは、故人の顔を生前に近づけるためでした。


「冷たくなった人間をよみがえらせ、永遠の美を授ける。それは冷静であり、正確であり、そして何より優しい愛情に満ちている。別れの場に立ち会い、故人を送る。静謐で、すべての行いがとても美しいものに思えた」。佐々木の仕事を側で見ていた、大悟の心の中の声でした。


9年前、佐々木は、亡くなった彼の妻を自らの手できれいにして送り出しました。それ以来、彼はこの仕事に就いたのです。


そのような佐々木の思いがあるので、妻の納棺時間に佐々木たちが5分遅れたと言って腹を立てていた男性も、息子が女性として生きることを理解してやれなかった父親も、納棺が終わると穏やかな顔になり、佐々木と大悟に感謝の言葉を口にするのでした。また、佐々木のもとで働く上村も、知り合いの女性が佐々木に納棺してもらうのを見て、自分のときも彼にお願いしたいと思って、NKエージェントに勤めることになったと言うのです。


この映画を観て、わたしも母の亡くなった折のことを思い出しました。往診に来てくださっていた診療所の医師が死亡の診断書を書いてくださったあと、訪問看護ステーションHさんのお二人の看護師、NさんとAさんが、母の頭の先から足の先まできれいにしてくれました。紙オムツをつけることもなくなり、冬だったので、あたたかい下着、母の好きだったピンク色のセーター、ウエストの楽なズボンに、パジャマから着せ替えてくれました。そのあと、薄化粧をしてくださって、やはり普段使っている口紅はある? と聞いてくれました。NさんとAさんの、明るい笑顔とともに、優しいお気持ちを忘れることはありません。


映画の最後に、大悟の父親の訃報が自宅に届けられます。父は、大悟が子どものころ、女性と家を出て、そのままになっていました。父の遺品の中に、自宅の住所と、大悟の母の名前があったのです。ある漁港で、父は一人で一生懸命に働いていて、そこの番屋に寝泊まりさせてもらっていました。朝、仕事にやって来た人が、亡くなっている父を発見し、連絡をくれたのでした。


駆けつけた大悟と美香の目の前で、その後やって来た葬儀社の男性が、大悟の父の遺体を無造作に棺に納めようとしました。その社員の動きを、大悟は押し止めます。納棺師である大悟が父と向き合いました。父の手には、幼いころの大悟が父に手渡したものが握られていたのです。


チェロの音色が物語を通して流れてきます。それは日常を懸命に生きている人の姿に重なりました。