(①からつづいています)
フランシスは、ツタが上の方まで絡みついている背の高い門扉を開け、玄関につづく庭をキャリーケースを引いて歩きます。玄関前にある数段の石の階段を上がり、ドアをノックして開けました。すみません……こんにちは……と声をかけます。入ってすぐ右側の部屋には、整理してまとめらている家主の物が置かれています。玄関からまっすぐ行った先にある部屋に足を踏み入れると、家の中にいた数羽のハトが飛び立ちました。彼女が入ってきた物音に驚いたようです。見上げると、天井からはシャンデリアがかけられています。
この部屋が明るいのは、部屋の左手の方、奥まったところにある窓が開け放されているからのようです。ハトもそこから入ってきたのだと思われます。開けられた窓の手前の壁には暖炉があり、暖炉の前には長めのソファーが、埃除けのカバーをかけて、こちら向きに置かれています。そのソファーの向こう側で、空いた窓を眺めるように椅子に腰かけていたのであろう、白髪の高齢の女性が、長いソファーの背もたれの後ろから姿を見せました。
すみません。フランシスが、高齢の女性に勝手に上がり込んだ非礼を詫びると、フランシスの背後から不動産業者の男性がやって来て、ご用ですか? と声をかけました。彼女は、売り家だと聞いて来たのだというと、男性は、確かに売り家ではあるけれど、今、買い手が見つかったのだと説明しました。二人がやりとりしている間に、老婦人は、手前の長いソファーに座っていました。
家を見終わった二人連れの男女もやって来て、気に入ったので今日購入するといいます。そのことを、不動産業者が老婦人に伝えると、伯爵夫人である彼女は、家の価格を二倍にまで上げてしまったので、二人の男女はあきらめて帰りました。この家は、伯爵家が代々暮らしてきた屋敷でした。伯爵夫人はお金の問題ではなく、ほしいものがあったのです。
フランシスも断られたので、お礼をいって、その部屋から出て行こうとしました。すると、彼女の頭からおでこにかけて、ハトのフンが落ちてきたのです。それを見た老婦人がいいます。神のお告げであると。イタリアでは、ハトのフンはとても縁起がいいというのでした。
フランシスは、“ブラマソーレ”を書いました。牛二頭が二日間で耕す、土地の広さだといいます。一連の手続きを終えたあと、不動産の購入には後悔がつきものだと、彼女はつぶやきます。家の現状を見て、胃が痛くなり、涙もこみ上げます。けれども、一歩踏み出したのですから失敗だと思いたくありません。なにしろ築300年の古い家なのです。欠陥があってあたりまえだと、自分にいい聞かせます。
フランシスが家と共に引き継いだのは、一万本のワインの空ビン、それから、ブドウの木には実が一粒残ってました。あとは、1958年の古新聞の山と、前からそこに住んでいる虫や生き物です。彼女は、まずは自分の部屋から、そして家全体を直していこうと、気持ちを前に向けるのでした。
(③につづきます)