ヒメツルソバ日記

明るい気持ちになった物事を綴ります

『絵の仕事をするために、描き続ける方法 美術の進路相談』を読んで

市立の図書館で、この本を見つけました。水色の表紙には、中学生くらいの男子生徒と女子生徒、それから大人の男性が、絵を描く道具を持って描かれています。ページをめくると、始まったのは漫画です。読んでいくと、絵を描く仕事について一般的に思われている事柄が描写されていました。つづいて、「イトウ先生、美術を続けるにはどうしたら良いですか?」という見出しがあります。多くのイラストと写真、それに漫画とともに、分かりやすく美術の世界を案内してくれているのです。この本を読んでみたいと思いました。


『絵の仕事をするために、描き続ける方法 美術の進路相談』(ポプラ社)の著者、イトウハジメさんは、現在、大学で美術を教えておられます。その前も中学校の先生であったので、今も昔も、進路に悩む学生さんからの相談に向き合っているそうです。


また、イトウさんは日常生活の一コマをイラストにして、インスタグラムに投稿していたようです。そこで注目を集めたことにより、自身の美術学生時代や、かわいくてしかたのない姪っ子さんたちとの普段の生活を、コミックエッセイとして出版することになったのだといわれています。


この本、『美術の進路相談』の企画は、出版社の編集者さんから動き始めたものであったそうです。その編集者の女性は、自分は美術が好きなのに、子どものころは得意ではなかったので、今の子どもたちや思春期の若い人たちが、もっと美術を好きになるような本を作りたかったのです。イトウさん自身も、大学で教壇に立ちながら、美術に対するつまずきなどについての研究をしていました。そのなかで、ちょうど「絵を描けない子どもたち」に焦点をあて、いくつかの調査を重ねているところだったのです。そんな二人の思いがほどよく出会って、この本はできあがったようです。


この本ではまず、絵を描くことを仕事にしている、画家、漫画家、イラストレーター、絵本作家が、どのようにしてスタートラインに立ち、出発し、どのような生活を送っているのかを案内してくれます。


はじめは、画家です。作品を世の中に発表することが、画家としてのデビューになります。画家は、キャンバスに向かって絵を描くことと、それを継続的にやっていくためにはどうすればよいかを考える必要があります。その経営の部分を、画家自身で行うタイプの人もいれば、第三者のサポートにゆだねるタイプの人もいるようです。


つぎに、漫画家としてのデビューは、雑誌などに自分の作品が掲載されることです。漫画家本人だけでなく、多くの人の技能と協力が必要です。その協力のもと漫画家は、物語を設定し、必要な知識等を取材し、締め切りを逆算して漫画を描きます。編集者と意見を交わし修正を行ったり、読者の反響に対応することも必要です。


また、イラストレーターの仕事は、出版社や企業の専属になることや、個人の名前でいろいろな依頼を受けていくことで始まります。イラストレート(illustrate)は、「説明する」という意味であるので、依頼主が伝えたい内容や世界観などを、絵によって表現するのがイラストレーターの役目です。画家や漫画家がイラストの仕事を請け負うこともあるそうです。


さらに、絵本作家としてのデビューは、基本的に漫画家やイラストレーターと同じく、出版社などから自分の作品が発表されることをいいます。絵本作家は、色や形の識別が未発達な赤ちゃんの興味をひき、まだ文字を読めない子どもが何度も見たくなるような、そんな絵を描く人たちのことだとありました。


美術の世界には、自分で創作する以外にも、発掘する人や設計する人、研究する人、それに、案内する人や対話する人、また、開拓する人がいるといいます。それぞれの人たちについて、どのようなことが得意で、具体的にどのような仕事をしているのか、そして代表的な職業の記述もあります。


また、設計する人がいつも持ち歩くスケッチブックに走り書きしてあるものや、研究する人の研究とは、決して難しいことではなく、ある謎に対して独自に仮説を立てることからはじまる等、興味深いお話が多くありました。


この『美術の進路相談』という本を読んでいて、え? そうなんや、と肩の力が抜けることがありました。それは、イトウさん自身が進路を決めた過程です。小さいころから読書が好きだったイトウさんは、国語の先生か、外科の医師になりたかったそうです。のんびりした性格のイトウさんに外科医師の道をあきらめさせたのは、お母さんでした。今度は、大学の願書を書く際に美術の先生が、「おまえは国語より美術だろう」と言ってくれたのです。イトウさんの美術の先生は、見る目を持つ、発掘する人でもあるのだと思われます。また、イトウさん自身も自然体なのだと感じました。


自分の長所や向き不向きがよくわかっていなかった、と振り返るイトウさんは、教え子さんたちに、「自分の『好き』だけで進路を選ばなくていい」と助言するそうです。やりたいことを自覚した瞬間から、驚くほどの集中力で自分を磨いていく、芸術の分野でたしかな能力に恵まれた人がいます。それに対して、たくさんの寄り道をして絵を描くことをはじめた人が、遠回りした経験によって唯一無二の個性を持つこともあります。描きたい気持ちがあるのなら、大切なのは、自分の「見る力」と「描く力」をいかに磨き続けるかなのだとありました。


イトウさんの美術の先生は、写真を見ながら描いてもいいけれど、必ず自分が実際に見た人や場所であること、とおっしゃったそうです。絵を描くときは、自分がどれくらい「それ(題材やモチーフ)を知っているか」が大切なのだといいます。


絵を描く仕事も他の多くの仕事と同様に、心身の状態や調子を整えることがいちばん大変なことなのだといわれます。イトウさんの場合は、仕事の期限前になると腱鞘炎に苦しみ、手を指圧して緊張をほぐしているのだとあります。人によっては、肩こりや目の不調であったり、うまく描きたいと思う気持ちが、かえって描けなくなったりもします。趣味ではない仕事なので、苦しいことも職業病もあります。けれど、それはまっすぐに仕事に向き合ってきたという一つの誇りだといわれます。


この本、『美術の進路相談』を読み終えて、今一度、働くということを考えたとき、「金儲けのために働くのではありません。生きるために働くのです。」という言葉が思い出されました。