ヒメツルソバ日記

明るい気持ちになった物事を綴ります

『ハリー・ポッターと謎のプリンス』を観て①

ハリー・ポッター』の映画を観ていて気付かされることは、みんながそれぞれに事情を抱えて生きているということです。


前作の『不死鳥の騎士団』では、ハグリッドと父親ちがいの、巨人の弟が森の中に一人で住んでいました。ハグリッドがホグワーツにいられなくなったときは、ハリーとロン、そしてハーマイオニーに、たまに顔を見せてやってほしいと頼んだのです。


また、ヴォルデモートがハリーの心に侵入するのを防ぐための“閉心術”を、ハリーはスネイプ先生から学ぶことになります。ダンブルドア校長が、スネイプ先生に至急始めるように依頼したのです。その際、スネイプ先生がハリーに言いました。お前とブラックは似てる、不当な扱いだと文句ばかり。知らんのか人生とは不当なものだ、と。いったいスネイプ先生はどんな不当な目にあってきたのだろう? と思わずにはいられませんでした。


前作の終わり近くの場面では、魔法省に現れたヴォルデモートが、駆けつけた大臣たちの目の前で姿を消しました。多くの人が彼を目撃したことにより、ダンブルドア校長とハリーの疑いは晴れたのです。闇の帝王の復活が誰にとっても現実のものとなったところで、6作目である『謎のプリンス』を観ました。


昔、ヴォルデモートがまだトム・リドルと呼ばれていた若者の頃、彼はホグワーツの生徒でした。あるときトムは、一人の教授に質問をします。闇の魔法に関することでした。教授は学問的な仮定の話だと思いながら、トムの問いに答えたのでした。


ダンブルドア校長は考えます。そこで交わされた会話を知ることができたら、ヴォルデモートと戦う手立てが見つかるのではないかと。当時の教授の記憶は校長のもとにありましたが、教授自らが記憶を改ざんしていたのです。彼が自分自身を恥じたためだと思われました。


(②につづきます)