この(2025年)夏のことです。毎週日曜日の夜の10時から、MBSテレビで放映されている『日曜日の初耳学』という番組があります。その番組に、その日は、アイドルグループSUPER EIGHTのメンバーであり、東京2020オリンピック(2021年開催)でメインキャスターを務められた、村上信五さんがリモートで出演されていました。画面に映る村上さんに向けて番組のスタジオにいる出演者の皆さんが質問を投げかけ、それに対して村上さんが答えていくという形式でした。
そのやりとりを通して、村上さんが農業に取り組む企業に就職し、新種のぶどうを開発する担当者として働いていることを知りました。村上さんは芸能活動と会社員としての仕事を両立させていたのです。異なる仕事への切り替えについての問いかけもあったと思います。それに対して村上さんは、アイドルグループの仕事も、一日の内には対応の異なるものが組み合わされていて、それをやってきたことで切り替えることができるようになっていたと、おっしゃっていたように記憶しています。ただ、それぞれの職場における立場のちがいはあります。芸能の仕事場でスタッフは村上さんの意見を尊重してくれますが、会社員として会議に臨んだ席では、村上さんの意見はまだほぼ通らないようでした。
また、村上さんは自費で、村上さんの情報を学習させた人型AIの「AIシンゴ」も開発されていました。AIシンゴをつくるきっかけは、ファンと24時間コミュニケーションが取れるツールがあってもいいんじゃないか、という村上さんの思いからです。開発の費用を尋ねられたAIシンゴさんですが、ご本人と同じく、核心に触れることはありませんでした。
村上さんの今よりもっと若いころ、同世代にはタッキー&翼や、嵐がいました。既に活躍している彼らを見て、劣等感を持つことがあったそうです。そのうちに村上さんは、夢でも半分くらい叶ったら十分ではないかと思うようになったのだと、話されていたように記憶しています。その気持ちが元になった本、『半分論』(幻冬舎)を、村上さんは今年出版されていました。読んでみたいと思いました。
この本は「完璧というものはない。」という言葉で始まります。そして程なく、「人生において起きる全ての事象に対して何事も半分くらいに考え、結果を捉えてしまっても良いのではないかという事に尽きます。」という、『半分論』の結論が示されています。半分論には、本の中で村上さんが何度もおっしゃっているように、自分にできることを尽くすという前提があります。そこに自分ではどうすることもできない要素が加わっての結果です。その結果に対して村上さんは、「そりゃそうだ、でも悔いはないぞ!」と思いながら物事に向き合うのが適当であるといわれるのです。
また半分論では、自分の思考の中央値を考え決めることが必要です。中央値というのは、自分が困ったときや迷ったときに決断ができる基準であると、村上さんは記されています。中央値を持っていると、どれだけ多くの選択肢があっても選ぶことができます。しかも理由を話すこともできます。
半分論の入り口は、数多くある選択肢を二つに絞り、二者択一によって考えることです。まずは、やるかやらないかに分け、やると決めたことを、これもまたやり方について選択肢を二つつくり、選びます。そうやって自分の二択を枝葉のように増やしていくことによって、どんな状況であっても心が軽く、かつ強くなり、楽になっていくのだとありました。
更にこの本には、半分論で考えるとはどういうことなのかというお話と、生活の中で半分論を活用する方法などが、村上さんの多くの経験とともに記述されています。
わたしも自分の軸となるものを考えてみました。やりたいことと、それとは別の死ぬまでの目標にしました。どこに時間をつくろう? 生きている間動ける体でいるために、無理なくできることをやろう。などと考えていると、自分のすることと、しないことが見えてきました。区別できていると、手放しているものを考えなくてもよくなります。ひっくるめて一から悩むことがなくなると、心が軽くなり、残したものをちょっとずつ良くしていけます。
自分の持てる力を尽くしたら、結果はもちろん、その過程においてもその都度完璧を求めないことだと、村上さんは話されます。ご自身は、会社のプレゼンテーションの事前準備である、資料の作成についても自分の納得値が半分を超えていたら、とてもめでたいことだと捉えているそうです。
また村上さんは、どんな事柄であっても過半数の方が良しとしてくれたら、これも、とてもめでたいことだとおっしゃっています。それだけの理解者や協力者がいてくれることに意識を向けると、物事を前向きに捉えて動いていくことができます。過半数でよかったんだ。みんなを目指していたからつらかったんだ。と、過去の失敗を振り返りました。半分は、なんともいい頃合いの言葉に感じます。
自分にできることを尽くすのには、心のゆとりが必要です。そのための半分論なのだと思いました。
そして、自分にできることをやったうえで、その結果を半分くらい叶ったらありがたいと捉えることができると、心の中に適度な空間がうまれます。そこにできた空間によって人は、自分にとって大切なものに気づいたり、それを大切にしていくことができるのだろうなあ、と感じました。