ヒメツルソバ日記

明るい気持ちになった物事を綴ります

向田邦子著『夜中の薔薇』を読んで①

雑誌、『クウネル特別編集「私の人生を変えた本」』(2023年9月20日発行・マガジンハウス)の中で、脚本家の中園ミホさんが向田邦子さんのエッセイ、『夜中の薔薇』(講談社)をあげておられました。


この本の中に、「手袋をさがす」というお話があり、その内容は、向田さんが気に入った手袋が見つからないので、寒い冬を手袋なしで過ごしていると、会社の上司から“女がものにこだわっていると幸せになれないよ”というような言葉をかけられるのです。けれど向田さんは、自分は手袋を探していこうと決断するのだといいます。


このお話を読んで、わたしも若いころに、自分は何を大事にしていて、どんなことが苦手なのかとかいうことを、自分に寄り添うもう一人の自分がいて、それはそれでいいんだと気持ちを受け止めることができたらよかったなあ、と感じたのです。そしたら、もっと、人のこともそのままをみとめることができたのだろうと思います。でもまあ、欲はいえません。若いころに、そんな心の余裕なかったですし、長い時間をかけてそんな気持ちにたどりつけたということをありがたく思います。


亡くなった母も言っていました。「遅い人も早い人もいてるけど、その人の時期でいいんや」と。そんな言葉を思い出しながら、『夜中の薔薇』を読んでみたいと思いました。いつものように私立の図書館へ行き、自分では見つけることができなかったので、この本を読みたいことをカウンターで伝えました。司書さんは書庫の中から本を探してくれました。手渡されたこの本は、多くの方が借りられたようで、表紙や見開きの中央部分など、ところどころ幅広の透明なテープで修繕されていました。


冬の寒い中、我慢をして手袋をしなかった向田さんは、そのとき22歳でした。寒さが厳しかったのは、戦争が終わって間もなくのころだったので、栄養状態が悪かったせいもあるといいます。加えて、駅や乗物なども、今のように暖房の設備が整っていたわけではありません。誰もが、厚着をした上に分厚いオーバーを着こみ、手袋をはめているのがふつうだったのです。


向田さんは、当時、教育映画をつくる会社につとめていました。やせ我慢をして手袋をはめないでいると、そのうちに風邪をひいてしまいます。向田さんのお母さんも、バカバカしいことはやめるように、そして大事になったらどうするのかと言って、娘を叱ったといいます。それでも風邪は手袋のせいではないのだと頑張った向田さんは、熱があっても休まずに仕事に行きました。周りの人たちは向田さんがいつ手袋を買うのか心配し、向田さんはあとへ引けない気持ちになったようです。


そんなある日、向田さんに目をかけてくれていた会社の上司が残業にことよせて、向田さんに忠告をしてくれました。当時35、6歳であった上司は、五目そばの出前を取り、向田さんにもごちそうしてくれました。そのような中で、向田さんのやっていることは手袋だけの問題ではないかもしれないと言ったのです。男ならいいけれど、女がそんなことでは女の幸せを取り逃がしてしまうのではないかと、慮ってくれたようです。向田さんには、素直に受け取る気持ちと、そういえない気持ちがありました。


(②につづきます)