ヒメツルソバ日記

明るい気持ちになった物事を綴ります

ざわざわする心に、きりをつけてくれる言葉

不意に入ってきたお金って、入り用になります。必要になる前に入ってきたのだから、うまくやりくりできたというのに、入って来てよろこんで、通り過ぎるのを見て、なんとなく釈然としないわたしがいました。


そばにいた(あと2年とちょっとで80歳になる)母に言ってみました。このあいだ読んだ本に書いてたんだけど、欲半分がいいんだって……それって、不意に入ってきたお金で入り用のお金をまわせたら、よろこぶってことだよね。そうや、お金ってまわったら活気づくしな、母の明るい声が返ってきました。


“欲半分”という言葉の出処も、『リンゴも人生もキズがあるほど甘くなる』(外山滋比古著・幻冬舎)です。そこには、腹八分は健康のもとであるけれど、欲は八分では多すぎると書かれていました。欲を半分にできれば人生の花が咲くのだとあるのです。


たしかに“欲半分”は、心穏やかになる言葉です。半分は利益を得ています。もっと……と思う気持ちに、ほどほどがいいんだよ、と頃合いをおしえてくれるようです。


言葉として“欲八分”は、あれもこれもの欲に近すぎる気がします。八分目で踏み止まることのほうが難しいように思われます。欲は八分では多すぎる、とおっしゃった外山さんの表現に納得しました。


自分ばっかりだなあと思ってしまうときや、いつまでも一つのことに捕らわれそうになるときにも、“欲半分”の言葉は力になってくれます。そんな些細なことにいつまでもこだわっていないで、自分の歩いている道に戻ったほうがいいよと、ざわざわする心に、きりをつけてくれるのです。


そーか、欲半分。自分の道に戻って、花を咲かせないとですね。